2025.03.11 火
5回目のオープンアトリエを終えて

展覧会をやるっていうのじゃないとよくわからないようなアイデアが溜まっていて、それを形にするために2023年10月からイベントを行ってきました。修士課程を出たのが2017年で、初めての個展はレンタルギャラリーで2018年5月に開きました。そこから5年間、私の人生の98%がそうであったように、アイデアはあっても制作も発表もできず、毎日ずっと焦ったりイライラしたり世界を呪ったりして過ごしていました。
ギャラリーを借りるのはとてもお金がかかります。私が借りたギャラリーは2週間で13万円くらいかかったと思います。2週間で13万円で、制作費や運搬費やらを考えるとだいたい20万円くらい吹っ飛びました。当時の私の手取りは月17万円、日本学生支援機構に毎月2万4千円くらい持っていかれ、かつ、10年目のひとり暮らしをしていました。お金をうむ作家になるのは身体の内側からしてとうてい無理あるし、自分で自分のパトロンをやって好き勝手に制作と発表を続けるにはどうしたらいいのだろうといつも通り世界を呪っていたところ、出逢ったのがタツタビル401号室でした。自宅以外に部屋を借りるなんて贅沢なことを自分ができるとは思ってもみませんでしたが、2023年3月はなんとかそれが可能な状況でしたし、その状況を何が何でも維持しよう、むしろ向上させようと思いました。
夜明けまではお湯では自分の作品の発表だけでなく作家を招いてのイベントも行ってきました。その理由には「博士課程に進むよりもよりよく研究し、学ぶにはどうしたらいいか」というちょっとした抵抗が挙げられます。というのも私は順当に芸術学修士号を取得したのではなく、実家の教育方針によって普通科の高校から経営学部に進んだあと当然のように留年し、奮起して学部5回生から2年ほど科目等履修生としてある大学の彫塑研究室に通って具象彫刻を学び、場所を変えて研究生を1年やって石を彫り、それから修士課程に入ってコピー用紙で人形を作って脱出した、という経歴です。博士課程に進むかどうかそうとう悩みましたが、結局、治療用装具の製造職に就きました。大学を自分の場所だと感じられたら違ったのかもしれませんが、自分が自分の場所だと感じられた場所ってこれまであったのかというと、そんなの無かったし、今回も違ったな、という感覚がすごくあった気がします。でも研究したいこと、学びたいことがありました。それが、「場所を作ること」でした。プランをきっちり考えていたわけではありませんが、おかげさまでリズム感のあるストーリーを編んでこられたように思います。
私は夜明けまではお湯を作ってよかったと思っています。2025年5月からしばらくは、軽くリフォームしたりして、雰囲気を変えて制作中心の場所にしていきたいと思っています。今度からの「オープンアトリエ」はたぶん本当に「オープンアトリエ」らしいそれになりそうです。
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